nakumelo’s blog

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「ダル・レークの恋」配信を見てみた話

2月27日に、TBS赤坂ACTシアターで行われている、れいこさんこと月城かなとさん主演の「ダル・レークの恋」のライブ配信を見ました。

ライブ配信の前から、パンフをキャトルレーヴオンラインで取り寄せており、あの白い軍服やターバン×タキシードの麗しい姿を見て興奮していたのですが、同時に各場面ごとのあらすじを読んだとき「えっ……こ、これは……なんて切なくやるせないんだ……」と衝撃を受けまして。

そしてなぜ主人公ラッチマンは、敢えてこうなることを選んだのかが、どうしても確めたくなりました。やっぱりこればっかりは、舞台本編を見なきゃわからないだろうなと思ったので。


とりあえず……


「来るんですか 来ないんですか」からの円形ベッドのシーンが、想像の10000倍エッチだった!!!!(゚д゚//)


ターバンをほどくと現れるラッチマンの黒い長髪がさらりと揺れる。そして海ちゃんこと海乃美月さん演じるカマラのサリーをするするくるくるとほどいてゆき……このときのジトッとした目付きも、カマラの胸元をツーーッと撫でる手付きも、ベッドに押し倒したときの半開きの口も、全部色気と荒々しさ全開で!!表情も笑顔ではなく眉間にシワを寄せて苦悶のような顔つきなのがまた生々しいというか……!!これじゃラッチマンじゃなくてエッチマンじゃねぇか!!


そんでもって、私が確めたかったことがこちら




「なぜラッチマンは、自分が詐欺師ラジエンドラと嘘をついたのか」




これがパンフレットを見たときからほんとによくわからなくて。なにか深い事情が?と思っていたのですが、結局そういうこともなく。
それなら確実に見える場面でなにかわからないかなぁと考えたのですが……


実はカマラの家と肩を並べる(もしくはこちらのほうがランクが上でもあるのかも)ベンガルの王族の出身者であったことが二幕で明らかになるラッチマン。
それまでは真の身分を隠して、氏素性が不明な騎兵大尉としてカマラと出会い恋をしてダル湖で過ごしていました。


恋の障害がインド特有のカースト制度による身分違いによる家族からの反対だけなら、たとえカマラが一族から反対されているがゆえに冷たい態度をとっていたとしても、きっと真の身分を明かせばあっさり解決出来た気もするのですが、タイミング悪く詐欺師ラジエンドラの知らせが入り、その容疑がかけられ、カマラですら自分を詐欺師と疑って見ていることを確信したときから、ラッチマンのなかで何かが変わってしまったのではと思いました。

身分の違いは自分が真の身分を隠しているから仕方がないにしても、詐欺師疑惑に関しては、せめて、周りがどんなに責め立てたとしても、彼女にだけは信じていて欲しかった……でもそれをしてもらえないならいっそのこと、みたいに。


それまで凛々しく常に穏やかにカマラを見つめて触れてのに、宣言後はどこか挑発的で荒々しく、ギラギラとした野心と欲望に溢れたものに、目線・声質・態度、すべてが変わりました。もうヤケクソで開きなおって、なるようになれ、やりたいだけやらせてもらうぜ、みたいな。それでもなお美しさは消えていないのですから、こういうのを「色悪」ていうんですかね。そこからあの円形ベッドのシーンへと繋がる条件を提示するわけですが。


あともうひとつ手がかりになったのが、真のラジエンドラことありちゃん(暁千星さん)演じるペペルが語る「俺のように何も持っていないから奪うしかない奴もいれば、生まれたときからなんでも持っているのにわざわざそれを捨てる奴もいる」という台詞。もちろんそれはラッチマンのことであって。

王族の生活が嫌でパリで放蕩生活を送り、それなりにヤンチャもしていたというラッチマン。そんなラッチマンからしたら、特別な地位こそなくても、そのぶん自由があるラジエンドラ(ペペル)は羨ましい存在だったのかもしれないな、とも思ったのです。ラジエンドラに疑われたとき、不名誉ながらも、そのぶん彼の立場と名前を借りて、好き勝手出来ると思ったのかもしれません。


地位ある者が真の身分を隠して「まことの愛」を探す……古今東西よくある話ではありますが、それゆえに見たくないもの・聞きたくないものが多すぎたのかもしれません。そこからラッチマンは、自分自身ですらわからなくなって、「まことの愛」を貫けるかわからなくなった……もっと平たく言えば「なにもかもめんどくさくなってしまった」のかもしれないと思いました。だから、最後は騎兵大尉としての称号も、次期マハラジアとしての地位も、そしてやっとやっと聞けたカマラからの愛の言葉すらも投げ捨てて、去っていってしまったのかも。
カマラへの愛が消えた訳じゃない。でもこの愛を実らせるための気力も体力も、なんだか今はもうなくなってしまった、頑張れなくなってしまった、そんな印象を受けました。

真の身分がわかって家族からの後押しも受けたカマラからの愛の言葉も、「いや今さら遅いから。もっと早く聞きたかった」って感じになってもおかしくないよなぁと正直思いました。
まぁ彼を信じきれなかったカマラももちろんですが、カマラの家族や、その家族に従う部下たちの態度も、一幕と二幕であまりにも違いすぎて。カマラと結婚してこんな手のひら返しする人たちとも付き合っていかなきゃいけないのはなかなかしんどいよなぁというのも正直な感想でした。


インドのカースト制度は、実はカマラだけでなく、それを嫌っていたはずのラッチマンにも、しっかり遺伝子レベルで組み込まれていて、やはり振り回されてしまうものなんだなぁと思いました。
他の国や地域から見たら「なんだよそんなもの、破ったところで大したことなかろうに」って感じのことではありますが、当人たちからしたら「そういうもんなんだよ」と異常なまでの拘束力を持っている慣習って、実はあちこちでありますよね。その界隈で生きていくためには、どんなに矛盾していても理不尽でも、守らないといけない、そういうものが。


ロミオとジュリエット」には「薔薇という名の花は名前を変えても香りは変わらない」という名台詞がありますが、この「ダル・レークの恋」では、歌に出てくるジャスミンの花になぞらえて「ジャスミンという名の花が名前を変えたらなんだか香りも変わった気がして、本当はどんな香りだったのかわからなくなってしまった」という感じでしょうか。


あれだけこだわってきた貴族としての体裁を捨ててでも、去っていったラッチマンを見つけ出そうと旅立ったカマラ。
霧深いパリの街の中、「僕は信じてる いつの日か もう一度 君の心を 教えて欲しい」と歌い、どこかへ消えていくラッチマン。


いつか、世界のどこかで、また二人が巡り合い、お互いありのままの気持ちを伝えられたらいいなと、願わずにはいられないラストでした。



そんな激重なストーリーですが、カテコのご挨拶ではいつものあのひょうきんなれいこさんの姿が。


「今日は配信ということで、私から皆様に投げキッスのプレゼントを!!」


チュッ!!と音がバッチリ出るような甘く濃厚な投げキッスをかますと、他の出演者の方々が


「キャ~!!クラクラッチマン~!!」


ばっちり仕込んでありました!!!(*ˊᗜˋ*)


その後、配信終了後5分もしないうちに、Twitterでは「クラクラッチマン」がトレンドワード入りを果たしましたとさ♪