nakumelo’s blog

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佐藤太一郎企画その21「夏の魔球’18」レポ

  
  今年の夏もNGKの舞台が甲子園になる!ということで、太一郎さんの演劇企画「夏の魔球’18」へ行って参りました。
   開催2週間前には大阪北部を中心にした大地震があったり、開催日当日には西日本豪雨が始まりすでに天候が大荒れで、ニュースからは鴨川が氾濫しているという様子が5分に一回くらいの頻度で報道されるというカオスな状態でしたが、どうにか約半年ぶりのNGKに到着。そして開演時刻には着席することができました。この時点で明日の帰宅のことは明日決めることにしてました。

  幕が開くとそこは甲子園のアルプススタンドに見立てた客席が。よく見ると「マルハル工業」や「サングラスドッグ」など、新喜劇座員さんのご実家のお店の名前の看板もあります(笑)
  ここは甲子園のアルプススタンドは2018年から1959年、さらにはそれ以前まで、様々な年代で起きた出来事を表していきます。

  1959年6月25日。この日はプロ野球界にとって大きな出来事がありました。天皇陛下が観戦なされた所謂「天覧試合」が行われたのです。阪神タイガースVS読売ジャイアンツの因縁のこの対決で、サヨナラホームランを華麗に打ったのがあの長嶋茂雄氏でした。 
 
  今もなお「あれは文句のつけようのないホームランだった」「いやいやあれは実はファールだったんじゃないか」など様々な見解や臆測が語り継がれるこの伝説の名試合。この試合の記憶を年老いた今もなお強く抱き、一つの野望に燃えているのが、今回の主人公で太一郎さん演じる白髪の生えた老人・フジムラエイジ。甲子園のグラウンドキーパーです。
  エイジは野球と阪神タイガースとその聖地である甲子園をこよなく愛し、その甲子園の土の手入れに関しては並々ならぬ情熱と愛情をもって整備していました。同じ整備スタッフのタブチ(新喜劇の高井さん)やカケフ(湯浅崇さん)らと共に、打倒巨人目指せ阪神優勝を夢見てせっせと整備に励むのでした。


  そのエイジには亡き妻フミオとの間に二人の娘がいます。一人は画家であったフミオの血を受け継ぎ自身も絵画の道へ進み海外へ留学した次女ユタカ(ちろるさん)。そして長女がもうひとりの主人公で新喜劇の鮫島幸恵ちゃん演じるミノルです。
  ミノルの仕事はとあるスポーツ新聞のタイガース専門記者・通称「トラ番」。しかしその文章力も専門知識も何よりタイガースや野球に対する情熱も中途半端。周りの記者が「自分の記事で野球界と担当球団を変えてやる!!」ぐらいの情熱でペンを走らせているのに比べるとあまりにもユルいその態度と文章についに編集長(シャックさん)にぶちギレられ、新人敏腕記者のエガワ(喜多村夏実さん)に仕事を取られたくなければお前の親父さんの物語を記事にしろ!!と命じられました。


   一週間近く甲子園に通い、父の働く姿を見つめるミノルですが、来る日も来る日もひたすら土を整備し、時には「気持ちいいか~?」と土に話しかけるというぎょっとするような愛情と熱意を注ぐエイジの姿に、いよいよなにをどう書けばよいのかますますわからなくなっていきます。アルプス席でウンウン唸っているミノルを見かねて、旧知の仲であるカケフとタブチが、エイジにとっての「永遠のライバル」について教えてくれるのでした。

  ここからハイテンションでサザンの名曲に合わせてエイジの半生が語られます。地元の天才野球少年としてもてはやされたエイジの目の前に現れたのは、野球の神様に愛された奇跡の天才。後に日本プロ野球界のレジェンドとなるあの永久の背番号3番・長嶋茂雄。お互いそれぞれの少年野球チームの対戦相手として対面した二人。長嶋少年に見事にホームランを打たれたその瞬間から、打倒長嶋に向けたエイジ少年の挑戦は始まったのです。さらにはあの伝説の天覧試合で、実はあの長嶋茂雄に対してボールを投げたのは、海外での武者修行後に阪神タイガース入りしたエイジだったという説も聞き、さすがにそれは嘘だろ……と首をかしげるミノル。というか少年時代に長嶋茂雄と会っていたというのすらもうあやしい。ますます何を書いたらいいかわからなくなってしまいます。

  そんなとき、海外留学中のユタカから送られてきたのは、画家であった亡き母・フミオのスケッチブック。そこで意外な姿で描かれていたエイジと、そこから見えてくる別の物語がありました。


  野球を愛してやまない青年期のエイジは、愛情と情熱こそ人一倍あれど、実際にはそこまで才能には恵まれておらず、スター選手どころかまずプロ入りすら困難な状態。自分と負けないほど野球を愛して、なおかつ野球の神様からも愛されている逸材・長嶋の活躍をテレビで見つめながら、グラウンドキーパーをやりつつプロ入団試験を受け続けていました。やはりあの華やかな経歴は詐称だったようです。

  それでもまだ夢を諦めず挑戦し続け、野球の聖地である甲子園で仕事ができることに喜びを見出だしていたエイジ。そんな彼をずっと見つめていたのが、駆け出しの画家のフミオでした。フミオも幸恵ちゃんが演じるのですが、首にかけていたタオルの色の違いでミノルとは別人ということを表していました。

  エイジに光るものを感じ、デッサンスケッチのモデルに選んだフミオと、かわいらしいフミオに声をかけられてテンションの上がりまくったエイジはお互いどんどん惹かれていき、やがては恋人、そして夫婦になります。それでもエイジがいちばん執着するほど憎くもあり愛しくもあるのは、永久欠番3番のあの方なんだと切ない嫉妬をするフミオ。
   フミオにとってはエイジは間違いなく野球で生きている野球選手。そのためフミオのスケッチにはタイガースのユニフォームを着たエイジの姿がありました。

   そしてフミオは、飛行機事故で空へ散ってしまいました。エイジと、二人の娘を残して。それでもなおエイジは野球と甲子園の土とタイガースと、そして妻との思い出と二人の娘、もちろん背番号3番のライバルを愛しながら、年齢を重ねていきました。
  
   そしてもうすぐ今年の件の6月25日がやって来ようとしていました。すっかり年老いたエイジですが、この日にあることを計画していました。それはなんと……阪神タイガースの入団試験!!実はプロ野球入団テストには年齢の上限は一応ないので、エイジのような高齢者もやろうと思えば受けられるのです。驚くミノルに、笑って頷くカケフとタブチ。ユタカも緊急帰国し、その日はみんなで応援することに。

  一球に魂を込め、試験に挑むエイジ。しかし……やはり合格することは出来ませんでした。 それでも、エイジはまた甲子園の土の上に立ち、野球を愛して生きていくのです。たとえ名選手でなくても、それは間違いなく「野球に捧げた人生」でした。

  そんな父の姿から見えた野球や甲子園を自分なりの文章にし、記事にしたミノル。そのタイトルは……「夏の魔球」!!

 
    野球と言えばスポーツの花形かつ王道で、プロの選手なんてそれこそ努力とか好きとかだけでは絶対なれない特別な存在。でも野球そのものは選ばれた人だけしかやっちゃいけないスポーツでも、好きになってはいけない存在でもない。選手にこそなれなくても野球に対する情熱や愛を忘れずに生きているのもまた「野球人生」と言えるんじゃないだろうかと思わせてくれました。

   そして甲子園という場所が野球人生を送る人々にとって特別なんだなと改めて思いました。近年の酷暑により「あんなえげつない暑さの下で野球なんかさせるな!熱中症で倒れたらどうする!!」という意見もごもっとも。とはいえやはり野球少年たちはあの土の上に立って野球がしたくて、青春を野球に捧げ、汗と涙を流してきたんだろうな……と。だからこそ記念すべき100回まで開催できたのですものね。水分補給はとにかくたくさんして頑張ってほしいものです。

  後日、このときの豪雨ですっかり水浸しになった甲子園の芝生を、グラウンドキーパーさんがものの見事に復活させたという話を聞き、エイジのような職人さんがほんとにいたんだ……と感動しました。